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岡山地方裁判所 昭和43年(わ)730号 判決

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

(目次)〈略〉

一、本件公訴事実

本件公訴事実は、

被告人子義美は、全日本自由労働組合岡山県支部執行委員長、被告人宮元五郎は、同支部勝田分会執行委員長であるところ、昭和四三年九月三日同組合員約二〇〇名とともに岡山市内山下八一番地の一岡山県庁五階会議室ならびに付近廊下において、坐り込み或いは県職安課長等を同会議室から出られないようにし、喧騒状態を惹起するに至つたので、同日午後二時一五分ころ県庁舎管理責任者県管財課長中村昌志からただちに庁舎外へ退去するよう要求を受けたに拘らず、組合員約二〇〇名と共謀のうえ、同日午後三時三五分ころまで同会議室ならびに付近廊下に坐り込みを続け、退去しなかつたものである。

というものであるが、以下右事実の存否および犯罪の成否につき検討する。

二、本件に至る経過および本件当日における被告人らの行動

〈証拠〉を総合するとつぎの事実を認めることができる。

1  全日本自由労働組合岡山県支部の組織と被告人らの地位

被告人子義美は、当時主として緊急失業対策法(以下失対法という)にもとづき岡山県下の地方公共団体等が実施する失業対策事業(以下失対事業という)に就労する者約三、〇〇〇名で組織される全日本自由労働組合岡山県支部(以下全日自労県支部という)執行委員長の地位にあつたものであり、被告人宮元五郎は、右支部勝田分会執行委員長の地位にあつたものである。

2  失業対策事業運営の実情とその変遷

(一)  その発足と昭和三八年における失対法の一部改正

失対事業は、昭和二四年いわゆるドッジ・プランの実施にともない大量に発生した失業者をできるだけ吸収し、民間事業就労までの一時の生活安定を図らせる目的で発足したものであるが、昭和三〇年代に入り我国経済の高度成長にともない労働力の需給関係が相当に好転したにもかかわらず、失対事業に就労する者が若干増加傾向を示し、加えて長期間にわたつて失対事業に就労する者が増加するといういわゆる滞留化現象を示していることに対処し、制度本来の趣旨・目的に添つた適正な運営を図るため、昭和三八年に失対法等関係法令の一部を改正し、いわゆる中高年令者の就職促進措置制度を新設して、民間企業への就職促進を図るとともに、従前とつていた賃金は一般民間事業所の八割ないし九割程度でなければならないとするいわゆる低賃金率の原則を廃止し、賃金は、労働大臣が失対事業賃金審議会の意見をきいたうえ、同一地域における類似の作業に従事する労働者に支払われを賃金を考慮して、地域別に、作業の内容に応じて定めるものとされ、また事業主体は、事業の適正な運営を図るために運営管理規程を定めなければならないものとされるとともに、労働大臣は、事業主体に対し、失対事業の実施に関し必要な指導又は調整を行なうことができるとされ、その職権のうち政令で定めるもの即ち市町村に対しては、都道府県知事が行なうものとされた。

右のような法令の改正にともなつて、昭和三八年一〇月岡山県や岡山市等においても運営管理規程を制定することとなり、就業規則としての性質を持つ内容が含まれるところから、労働基準法第八九条・第九〇条に定める手続をふんだところ、労働者の過半数で組織される全日自労県支部は、規則案に対する意見を提出しなかつたものであるが、その内容は、労働省が事前に示した準則にならつたものであるため、県下各事業主体について、ほぼ同内容のものであり、その一例である岡山県失業対策事業運営管理規則(昭和三十八年十月一日岡山県規則第六十三号)によれば、始業の時刻は午前八時とし、終業の時刻は午後四時四五分とする(第一七条)、休憩時間は正午から午後零時四五分までとする、労働時間の中には、午前一〇時及び午後二時三〇分からそれぞれ一五分間の休息時間を与えるものとする(第一八条)、選挙権その他の公民権を行使するとき、就労者の代表として県との団体交渉(交渉人員、交渉時間等について県の同意を得ている者に限る。)に参加するとき、その他所定の事由に該当するときは、所定の手続により、作業管理員の許可を得た時間に限り、当該事由について労働時間を利用することができる(第二一条)、就労者に支払う賃金の額は、法の規定に基づき労働大臣が定めるところによる(第二二条)、労働時間が八時間に満たない者に支払う賃金の額は、労働大臣の定めるところにより、第二二条に規定する額からその満たない時間に対応する額を差し引いた額とする(第二四条)と規定された。

(二)  労働時間および厚生要員制度

失対事業の運営においては、従前から全国的に労働大臣が決定する賃金以外の給付、いわゆる厚生要員などの名目での不就労時間に対応する経費の支出、所定労働時間を下まわるいわゆる短時間労働になどが慣行として行われていたのであるが、労働省においては、昭和三八年における失対法一部改正以来右慣行是正に乗り出し、昭和四一年七月一五日には各都道府県知事あての労働省職業安定局長通達(職発第四二五号)(以下労働省正常化通達という)が発せられ、事業の運営について著しく適正を欠く事業主体を対象として、組織的かつ計画的な方途により改善を推進すべきものとされた。

その当時岡山県下各事業主体における運営の実情をみると、労働時間については、県南地域で四時間ないし五時間、県北地域で六時間ないし七時間、一部では所定時間に近い地域もあつたが、一般には所定時間を大巾に下廻る水準にあり、また、いわゆる厚生委員制度については、約一〇〇名の者が失対事業の作業に現実には就労することなく、所定賃金を支給されていたのであるが、この制度の起源およびその内容について見るに、失対事業就労者は、その就労者となることによつて制度上必然的に種々の手続等を要することになるのであるが、その主たるものとしては、日雇労働者健康保険法・失業保険法による被保険者手帳の更新および被保険者資格の確認申請事務、保険事故が生じた場合には各給付申請事務、失対事業就労者共済制度による各給付の申請事務等の用務があるのであるが、失対事業就労者は、おのずから高年令者や婦人の占める割合が高く(昭和四四年四月当時で、六〇才以上の者が全体の約四六パーセント、婦人が同約四〇パーセント)、文字が書けない者も多く、そうでなくともその日の生活を失対事業に就労することによつて得たわずかな賃金でかろうじて支えてゆくものであるから、その都度所定役所に赴いたうえ個々人が右手続等を行なうことは、とうてい耐えられない実情にあつたのであるが、右のような失対事業に就労することから制度上直接に生ずる用務のほかに、失対事業就労者の中には、他の一般労働者と比較して、要生活保護者が多く存在することは自然の成りゆきであつて、生活保護法による生活保護の申請手続等やその他日常生活のすみずみにわたつて援助を要したため、失対事業発足以来組合役員が実情に応じて前記種々の事務を代行していたものであるが、県下各事業主体も右実情を理解したためか、右いわゆる厚生用務に従事する者を厚生要員と称し、毎年度初めに一定の人数を限つて名簿を提出させ、その者に対しては実際に失対事業の作業に従事することを要せず、所定賃金を支給していたものであるが、右厚生用務のうち、前者の両保険法関係及び共済制度関係の用務は、岡山市関係では年間九、〇〇〇件ないし一〇、〇〇〇件位で、その大半は被保険者手帳に関するものであり、毎月初め二、三日に集中して発生したが、当時岡山市で認めていた厚生要員(昭和四二年四月以降は一四名)の全員が右厚生用務に従事する必要はなく、三名程度の者が前記事務に従事し、その余の者はその他の厚生用務や本来の組合活動に従事していたものである。

そして右経費は、当初は国庫補助による失対事業の労力費の費目から支出していたが、昭和四二年四月以降は右支出方法は、国庫補助金交付制度に反するものとの見解により、すべて市町村の単独負担として決算処理されていたものである。

(三)  第一次正常化措置

岡山県知事は、前記労働省正常化通達をうけて、失対法一六条の三・同法施行令にもとづき労働大臣から委任をれた指導・調整権を発動し、県下各事業主体に対し通達を発し、昭和四二年四月一日からは、厚生要員につき、岡山市・倉敷市・津山市関係で合計三一名、その余の地域で年間延五三〇名に削減し、労働時間につき、実働五時間三〇分以下のところをそれまで是正するものとしたのであるが、右の措置(以下県第一次正常化措置という)については、予め全日自労県支部などとの間で交渉が持たれ、特に右厚生要員については、県側が当初就労者二〇〇名につき一名の割合で算出した人数にまでの削減を主張したが、組合側の反対主張に譲歩して一二〇名余りにつき一名の割合になる人数にまで削減するに止まつたものであり、以後右各是正措置は、特にそれを阻害するような事態が発生することなく、実施に移されたものである。

(四)  第二次正常化措置

その後昭和四三年度においても、岡山県知事は失対事業運営の改善をさらに推進することとし、前記指導・調整権にもとづく県下各事業主体等に対する同年八月一日付通達(職安第三四二号)(以下県第二次正常化通達という)により同年九月一日を期して、労働時間につき、午前・午後の各休息時間を各一五分短縮するとともに終業時を一〇分以上延長することにより、実働六時間一〇分以下のところをその線まで是正し、厚生要員制度につき、これを完全廃止するが、従前厚生要員が行なつていた厚生用務のうち失対事業に就労することから直接派生する社会保険関係及び共済制度関係のものについては、本来各個人で行なうべきものとしながらも、以後事業主体の職員がこれを肩がわりして行なうこととし(以下第二次正常化措置という)、同月一七日岡山県庁において全日自労県支部副委員長及び書記長に対し、同県民生労働部長からその旨通告するとともに、その円滑な実施につき協力を求めた。

全日自労県支部は事前に右通達を察知し、分会委員長会議等で対策を協議していたのであるが、民生労働部長からの右通告に対しては、改めて団体交渉の場において解決したい旨申し述べたに止まつたが、同月二一日右是正措置の内容・理由等の説明を求めて、被告人らをはじめとする県支部傘下の組合員約五〇名が県庁に赴いたところ、右事項に関する事務分掌者である職業安定課長清水伝雄は、右正常化措置は団体交渉事項でないとの立場を固持しながらも、県支部執行委員などその代表合計二五名との間で、二、三時間にわたつて通達内容の説明会という名目で会合を持つたのであるが、時間切れのため、翌日これを続行することを約したうえ、散会した。

翌二二日県支部においては、前日同様約五〇名が県庁に赴いたところ、同課長は交渉要員を一〇名程度にしぼることを求め、あくまで二五名を主張する県支部側と折れ合いがつかず、実質的な交渉を持つに至らなかつた。

交渉要員数については、第一次正常化措置が講じられた昭和四二年以降も七、八回は一四、五名ないし二五名規模の団体交渉を両者間で持つていたのであるが、右第二次正常化通達の日付と同じ昭和四三年八月一日、県民生労働部長は、県下各事業実施主体等に対し「日雇労働者団体と失業対策事業主体との団体交渉のあり方について」と題する通達を発したが、その内容は、交渉秩序を維持するため、予備交渉ルールの確立の必要性を指摘するとともに、本交渉人員数は双方一〇名以内が望ましいと述べるなど、団体交渉の意義・対象・運営等に関する県の基本的見解を表明したものであつたが、これに対し組合側の理由とするところは、対象とする事項が県営失対事業のみならず県下各事業主体による失対事業全般に関するものであり、しかも各事業主体毎の特殊性を交渉に反映させる必要があるとして、各事業主体の就労者毎に組織された県下一九分会の代表者各一名に県支部執行委員を合わせた合計二五名を団体交渉の席に臨ませるべきであるとするものであつた。

ところで同月二三日県支部は、支部執行委員会を開き、右正常化措置の白紙撤回を求めて、強力な斗争を行なうことにし、同月下旬に全日自労全国大会が開催されることになつていたことを考慮し、翌九月二日から九日間県支部傘下組合員を多数動員して団体交渉を要求し、それを通じて問題の解決を図る旨の戦術を決定した。

右決定にもとづき、八月三一日電話で職業安定課に対し九月二日に団体交渉を持ちたい旨申入れたうえ、当二日午前一一時ころ県庁前広場に被告人らをはじめとする県支部傘下組合員約二〇〇名が参集し、各分会代表を選出したうえ、全員県庁五階職業安定課前付近廊下に至り、内六、七〇名の者が職業安定課室内に入り、当初は課長が外出不在であつたため交々同課吉村雅美課長補佐等に対し代表二五名と団体交渉を持つよう要求したが、午後一時半頃帰庁した清水課長はまず代表二、三名と話し合うことにし、他の者は室外へ退去するよう求めたところ、組合員らは、それに応じず、室内外の喧騒状態が静まらなかつたので、庁舎管理責任者から退去命令が発せられ、午後三時二五分頃警察官により実力排除されたが、その際被告人子らは、明日も団体交渉を求める旨通告した。

(五)  本件当日における被告人らの行動

翌三日午前一〇時半ころ被告人らをはじめとし約二〇〇名の組合員が前日同様県庁構内に参集し、前日同様二五名の交渉要員を選出のうえ、五階会議室前廊下に至り、同午後零時四〇分ころ、同日午前一一時ころから同会議室において、勝田町長及び被告人宮元らから先に死亡した勝田町在住労務者に対する職業安定所の職安行政措置の当否についての陳情を受けていた清水職業安定課長がそれを終えて、右会議室から退出しようとした際に、被告人子を先頭に同宮元をも含めた二五名の組合員が第二次正常化措置について組合代表二五名との間で団体交渉に応ずることを要求して、同会議室に入室し、同室南西隅付近まで同課長を押し込めるような形で移動し、その肩を押さえたり、ズボンのバンドを引つぱるなどして同人を椅子に坐らせ、同人が昼食をとつたうえ、席を改めて、交渉の時間・人数等に関する予備交渉をやろうと提案するのに対し、組合側はまずその代表二五名と当日中に団体交渉を行なう旨の確約を求め、その確約をえられれば昼食等のため暫時休憩することは拒ばないとの態度を示して、お互にその主張を譲らず、同課長が退室するため立ちあがろうとするや、被告人子或いは県支部副委員長野下茂蔵らにおいて、同課長の腕、肩或いはズボンのバンドに手をあててそれを阻止し、その間会議室前廊下においては、その余の組合員が坐り込みを続け、通達の白紙撤回或いは団体交渉要求を大声でさけぶなど粗暴な行動があり、午後二時ころ職業安定課の課員数名が救出のため同会議室内に入つて来たのを契機として、清水課長は話し合いを打切る旨宣言したので、その旨連絡を受けた庁舎管理責任者中村昌志管財課長は、岡山県庁中取締規則・同庁舎管理要綱に規定する事由があるものと認め、同二時一五分会議室内外にいた被告人らに対し、県庁舎外への退去命令を発し、廊下にその旨貼紙するとともに、拡声器で放送告知したところ、被告人宮元は、被告人子の指示にもとづき、拡声器で廊下に坐り込んでいる組合員らに対し、要求は正当であるから自発的退去はしないよう呼びかけ、それに応じて同組合員らは、手拍子を打ちながらワッショイ、ワッショイなどと大声をあげる、団体交渉に入れとさけぶ或いは労働歌をうたうなど断続的に喧騒状態を惹起し続け、同三時三五分ころ警察官の実力行使により同所から排除されたが、排除されるに際しては、何ら積極的な抵抗はしなかつたものである。

三、被告人らの行為の構成要件該当性

以上認定の事実によれば、被告人両名には公訴事実に添う刑法第一三〇条に規定される住居侵入(不退去)罪の構成要件に該当する行為があつたものと、一応は認めることができる。

四、被告人らの本件行為の正当性

弁護人らの主張は多岐にわたつているが、それを要約すれば、被告人らの本件行為は、団体交渉を求める目的で行なわれたものであり、その相手方、対象事項、交渉申し入れの態様等いずれの点から見ても正当であるから、退去命令は違法であり、被告人らは無罪である旨主張するので、以下検討する。

1  全日自労県支部の団体交渉権

(一)  失対事業就労者の勤労者性

日本国憲法は、第二五条第一項によりすべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利―いわゆる生存権を保障しているが、この生存権の保障を基本理念として同法第二七条第一項は、すべての国民に勤労の権利を保障するとともに、同法第二八条は、経済的弱者である勤労者に団結権・団体交渉権等を保障し、それを通じて労働条件の改善等経済的地位の向上を図ることを期し、右基本理念の実現を図ろうとしているものであるが、失対法は先に認定したとおり多数の失業者の発生に対処し、失対事業等を実施して失業者を吸収し、民間事業、就労までの一時の生活安定を図らせる目的で制定されたものであるから、まさに日本国憲法が保障する勤労の権利を具体化するものの一にほかならず、それゆえに失対法にもとづき実施される失対事業等に就労し、その賃金によつて生活する就労者は、日本国憲法第二八条により団結権・団体交渉権等を保障される勤労者に含まれることは疑いの余地のないところであり、失対事業が民間事業就労までの一時的中間的な勤労の場を保障する制度として設けられていることに着目し、生活保護法等社会福祉・社会保障の系列にのみ属するものと理解して、労働基本権に関し民間企業に働く労働者と別異の取扱いを受けるべきものであると解すべきではない。このゆえにこそ、失対事業等に就労する就労者は、地方公務員のうちでも特別職とされ(地方公務員法第三条第三項第六号)、特別の定がある場合を除き地方公務員法の適用を受けず(同法第四条第二項)、一般職地方公務員には適用を除外ないし制限される労働組合法、労働基準法等が原則的に適用されているわけである(同法第五八条)。

したがつて、岡山県下で実施される失対事業等に就労する者で組織される全日自労県支部は、一般的にはその使用者(この範囲については後に検討する。)に対し、労働条件の維持・改善等に関する事項につき団体交渉をする権利を有するものと言わなければならない。

(二)  全日自労県支部と岡山県知事との間の労使対抗関係

ところで、団体交渉は、集団的・継続的な労働関係が存在し、いわゆる労使の対抗関係が認められる当事者の間で、労働条件の維持・改善その他経済的地位の向上に関する事項について行なわれるべきものと解されるのであるが、本件に即して、全日自労県支部と岡山県知事との間に、かかる労使の対抗関係が認められるか否か検討する。

(1) 全日自労県支部の団体交渉当事者適格

先に認定したとおり、失対事業は、地方公共団体等が事業主体となつて実施するものであるが、公共職業安定所の紹介により所定の場所に出頭して、作業管理員から確認を受けたうえ、始業時刻に達したときに、当該事業主体と就労者との間に雇用関係が発生し、終業時刻に達したときに終了するものとされており、法的には、一日を単位とする雇用契約が日々発生し、その日限りで消滅するものであり、就労者個人についてみれば、事業主体との間に継続的労働関係が成立する余地がないようにも考えられるけれども、その実際の運用においては、事業主体毎に毎月一回、約二二日間の一括見込紹介が行なわれていることが、前記二の冒頭掲記の証拠により認められるから、特別の事情のある場合を除いては、失対事業就労適格者として登録されている者に関しては、将来にわたつて確実に当該事業主体との間に日々の雇用関係が継続して発生することが予定されているものといえ、また組合自体についてみれば、全日自労県支部は、失対事業就労者約三、〇〇〇名で組織され、法定の作業不実施日を除き、いずれの日においても、県下の各事業主体につきいずれも複数の者が現実に就労していることは容易に推認しうるところであるから、右のようなその時点で現に就労している者又は将来確実に就労する予定の者で組織される全日自労県支部が集団的・継続的労働関係の一方当事者としての適格を有することは明白である。

(2) 岡山県知事の団体交渉当事者適格

失対事業における雇用契約は、失対法制上就労者と事業主体との間で結ばれることになつているのであるから、事業主体が集団的・継続的な労働関係の他方当事者として、全日自労県支部と労使対抗関係に立ち、団交当事者適格を有するものであることは明らかであり、事業主体は、県支部の申し入れあるときは、団体交渉に応じる義務があることは議論の余地なく明白である。

ところで、先に認定したとおり岡山県知事は、県営失対事業の事業主体である地方公共団体の長としての立場の外に、失対法第一六条の三・同法施行令第二条により委任された失対事業の実施に関する県下各事業主体に対するいわゆる指導・調整権者としての地位を有し、本件は第一次的には右指導調整権にもとづき県下各事業主体等に発した第二次正常化通達に含まれる事項が問題とされているのであるから、次に、事業主体たる地方公共団体の長としての地位とは別に、このような指導・調整権者としての地位における県知事との関係で、前記労使の対抗関係を認めうるか否か、以下検討する。

労働組合法は、第六条において、労働協約の締結その他の事項に関する団体交渉の相手方につき「使用者又はその団体」と規定し、第七条において、「使用者」が「その雇用する」労働者の代表と団体交渉することを正当な理由なく拒むことを不当労働行為と規定しているが、右規定の文理のみからみれば、労組法は、雇用契約の一方の主体である事業主あるいは経営者を団体交渉の一方の当事者適格者であると予定しているものと解されるのであるが、そもそも団体交渉権は、労働者がその労働条件の維持・改善その他経済的地位の向上を目的として団結したその団結目的を貫徹するために不可欠のものとして、憲法により保障されたものであるから、雇用契約の一方主体としての事業主または経営者に限らず、労働者の具体的な労働条件その他経済的地位を左右しうる法的権限を有する地位にある者(その性質上立法機関は除かれる。)に対して、その権限に属する事項について交渉することを保障してるものと解するのが、前記団体交渉権を保障した趣旨・目的に最も適合するものと考えられる。

これを一般民間企業についてみれば、労働者の労働条件その他経済的地位を法的に左右しうる権限を有する者は、雇用契約の一方の主体である事業主ないし経営者をおいてほかには通常存在せず、労働組合法もこのような民間企業における労働関係を想定して、右に述べたように表現しているものと解すべきであつて、労働者の具体的労働条件その他経済的地位の一部を法的に左右しうる権限を有する者が雇用契約の一方当事者としての雇用主ないし経営者と考えられる者以外に存在する場合には、その者も右にのべた労使対抗関係の一方当事者としての意味における「使用者」に含まれると解すべきである。

ところで、失対事業における労働関係を見るに、先に認定したとおり失対事業等は、労働大臣が樹立する計画及びその定める手続に従つて、地方公共団体等(事業主体)がこれを実施し、労働者は、公共職業安定所の紹介にもとづき日々事業主体に雇用されて(失対法第一〇条第一項、県規則第一二条)、特別職地方公務員となるが(地方公務員法第三条)、その前提として就労者は、公共職業安定所長が職業安定法第二七条第一項の規定により指示するいわゆる中高年令者就職促進措置を受け終つた者でなければならず(失対法第一〇条第二項)、その賃金は失対事業賃金審議会の意見を聞いたうえ、労働大臣が定めるものとされ(同法第一〇条の二)、さらに労働大臣は、事業主体に対し、失対事業の実施に関し必要な指導又は調整を行なうことができ、右職権のうち市町村が実施する失対事業に関するものは、都道府県知事が行なうものとされる(同法第一六条の三・施行令第二条)とともに、労働大臣は、事業主体等が法律または命令に違反する場合には、失対事業の停止又は補助金の返還を命ずることができるものとされており、通常の民間企業における労働関係においては、雇用契約の一方当事者としての事業主ないし経営者が一手に専有する権限を、失対事業における労働関係においては、別個の機関又は団体が分有しているものということができる。

本件で問題とされている県第二次正常化通達は、岡山県知事が右指導・調整権にもとづき県下各事業主体等に対して発したものであるが、右指導・調整権にもとづく通達に対しては、各事業主体等は、その通達の趣旨にそつて、失対事業を実施すべき行政上の義務を負うものであり、その失対事業に就労する労働者は、右事業主体による右通達の趣旨にそつた失対事業の実施によつて、自己の労働条件等が左右される立場に立つわけであるから、右指導・調整権者としての県知事は、県下各事業主体の通達尊重義務を仲介として、その就労者の具体的労働条件等を左右しうる法的権限を有する地位にあるものと認められ、したがつて、県営失対事業主体の長としての立場においてのみならず、指導・調整権者としての立場においても、その権限の範囲内の事項については、全日自労県支部との間で、団体交渉を行なう義務があるものというべきである。

2  第二次正常化措置と団体交渉事項

(一)  短時間就労の是正

先に認定したとおり昭和三八年における失対法の一部改正により各事業主体が定めた運営管理規程には、労働時間は、拘束八時間、実働七時間三〇分とする旨規定されたのであるが、これは、失対法施行規則第八条第二項が一日につき八時間、一週間につき四八時間をこえて労働させないようにしなければならない旨定めるとともに、失対法第一〇条の二にもとづき労働大臣が定める賃金額が一日八時間の労働時間を前提として定められていることなどの理由によるものであつて、失対法制度上は、就労者が所定賃金全額を受領するためには、右運営管理規程に定める所定全時間中労務に服する必要があることは明白である。

なるほど岡山県下においては、右運営管理規程が定められる以前から、短時間就労が慣行として行なわれており、それが右運営管理規程の制定によつても直ちに改められることなく継続し、昭和四二年四月に至つてはじめて、実働五時間三〇分を下廻るところをそれまで是正されたことは、先に認定したとおりであるが、失対事業は、かなり高率の国庫補助の下に運営されており、その補助金の使用は、それが国民から徴収された税金等でまかなわれるものであることから、法令等の定めるところにより公正かつ効率的に使用すべき責務があるわけであり(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律参照)、前述した所定賃金全額を支給する限り、運営管理規程により定められた労働時間に近づける方向での是正措置自体は、それに反する慣行が長期間存在していたとしても、何ら違法ということができない。

したがつて昭和四三年八月一日県知事が指導・調整権にもとづき県下各事業主体に対して発した第二次正常化通達のうち実働六時間一〇分を下廻るところをそれまで是正すべきであるとする短時間就労是正に関する部分は、適法なる権限の行使であることは明らかである。

しかしながら、事業主体による右短時間就労の是正が何ら違法ではなく、県知事による、その方向への指導・調整権の行使が適法であることは、直ちに右事項に関する団体交渉を否定することにはならないのであつて、都道府県知事に対し失対事業運営の正常化についての指導・調整を指示した昭和四一年七月一日付労働省正常化通達は「都道府県の実情に応じ、事業の運営について著しく適正を欠く事業主体を重点的に選定し、総合的な計画を樹立し、これに基づき改善を進めるべきものとする」とされ、改善の対象、時期等の選定につき知事に裁量の余地あることを示しているのであり、それゆえにこそ岡山県においても正常化措置は、第一次、第二次の二段階に分けて実施され、しかも第二次正常化においても、就労時間については、運営管理規程の定める水準に達すべきものとはされなかつたと推測され、また一見不徹底ともみえる措置が直ちに県知事の職務懈怠とみなされないのである。

以上検討したところによれば、運営管理規程の定める水準に近づける目的での短時間就労の是正は、それに反する慣行が長期間存在していたとしても、各事業主体において適法にこれを行なうことができるが、労働省正常化通達の趣旨に照らすと、岡山県知事による県下各事業主体に対する指導・調整権の行使にあたり、その是正時期および程度等につき裁量の余地があり、且つ労働時間の変更が労働条件に関する事項であることは明白であるから、岡山県知事は、全日自労県支部の申し入れあるときは、第二次正常化措置のうち、右短時間就労の是正に関して団体交渉を行なう義務があるものというべきである。

(二)  厚生要員制度の廃止

先に認定したところによれば、厚生要員として指名された者が実際に従事していた厚生用務は、いずれも失対事業に就労することによつて就労者が行なうべき本来の作業に該当するとは言いえないけれども、右厚生用務のうち、日雇労働者健康保険法・失業保険法による被保険者手帳の更新および被保険者資格の確認申請事務、失対就労者共済制度による各給付の申請事務などは、失対事業に就労することによつて、制度上直接に派生する事務であるから、本来の失対作業に密接に関連するいわば付随的事務ともいいうるものであり、それに従事する者に対しては、本来の作業に従事した者に準じ、所定賃金を支給することも、直ちに不相当であるとは断定することはできない。もつとも右用務は本来の作業そのものには当らず、失対事業における労務管理事務としての性質を帯びるものとも考えられるから、失対事業担当職員をしてこれを行なわせることも可能であると解せられ、この故に第二次正常化措置を講ずるに際しては、右用務については事業主体等において援助するものとされたと推測される。要するに、右用務については、右いずれの方法において処理してもそれをもつて違法であるということはできない。

つぎに、厚生用務のうち、失対事業に就労することによつて制度上直接派生する事務以外の生活保護法による生活保護の申請事務その他一般市民生活上の援助活動については、失対事業とは直接の関連性を持たないけれども、失対事業就労者に対するこのような援助活動を行なうことを、その従事者に対する賃金の支給という形で事業主体等が援助することは、失対事業就労者の福利厚生に対する経費援助の実質を持つものであるから、労組法第七条第三号但書の趣旨に照らし、検察官が主張するような不当労働行為になるとは解せられないのみならず、これは、地方公共団体が本来行なうべき公共事務の一に含まれる性質のものであつて(地方自治法第二条第三項第一号・第九号参照)、その経費を地方公共団体が支出負担することは、所定手続をふめば可能であるといわなければならない。

以上検討したところによれば、厚生用務を失対事業就労適格者中より指名したいわゆる厚生要員に行なわせ、それに要した人数・日数に応じて賃金を支払うことが違法な措置であるとは認められないが、他方全日自労県支部において、それを当然の権利として主張することができる性質のものでないことも明らかであり、右のような厚生要員制度を認めるか否か、認める場合の限度等は、一般には関係機関の裁量範囲内にあるものと解される(そうであるからこそ、第一次正常化措置を講じた際には、これを完全廃止せず、人員削減に止めえたものであろう。)。

しかしながら、厚生要員が従事していた厚生用務は、いずれも就労者のいわゆる福利・厚生事務として、その労働条件の一をなすものであり、したがつて厚生要員制度の廃止は、労働条件の変更を招来することも明らかであるから、指導・調整権の行使を通じて、それを法的に左右しうる地位にある岡山県知事は、全日自労県支部からの申し入れがあるときは、厚生要員制度の廃止に関して団体交渉に応じる義務があるものといわなければならない。特に、厚生要員制度は、長期間にわたる慣行として存続してきたものであるだけではなく、第一次正常化における要員数の削減は、交渉の場において、双方互譲のうえなされているのであるから、労使関係の円滑化をはかり、失対事業所期の目的を達成するためにも、右慣行および員数削減の経過は、十分にこれを尊重すべきであつて、厚生要員制度を完全廃止する如き事項については、誠実且十分な団体交渉を行なうことにより、その円満な解決に到達するよう努力すべきものと言わなければならない。

なお、厚生要員が所定賃金を支給された全日数ないし全時間中、右にのべた厚生用務に従事していたわけではなく、そのかなりの部分を組合役員の立場において、本来の組合活動に従事していたものであることが推測され、かかる本来の組合活動に従事した期間に相当する賃金の支払は、一般的には組合の運営に対する経費援助として不当労働行為となる疑いを生じ、団体交渉においても、右本来の組合活動に従事する部分割合に相当する人員については、組合においてこれを要求しうる正当性は認められないといわざるをえないが、全員が全日数・全時間中本来の組合活動に従事していたわけではないから、右事由は、厚生要員制度完全廃止の絶対的理由とは成り難いのであつて、人員削減理由として有力であるに止まり、高年令の生活困窮者が多数を占めるという失対事業就労者の特質よりして、福利・厚生活動と本来の組合活動の区分はかなりあいまい且流動的にならざるを得ない点にも着目すれば、厚生用務処理につき要する員数如何に関しては、団体交渉において煮詰める余地及び必要が残されているものといえる。

3  団体交渉申し入れ態様の正当性等

岡山県知事が県下各事業主体に対して第二次正常化通達を発して以後本件発生当日に至る経過をみるに、先に認定したとおり当該事項についての事務分掌者である清水伝雄県職業安定課長は、一貫して、第二次正常化通達に含まれる事項は、団体交渉の対象とすべき事項ではないとの見解を固持して、本件当日に至るまで正式の団体交渉に応じることを承諾しなかつたものであるのみならず、昭和四三年八月二二日以降は、非公式な話し合いとしても、その交渉要員を一〇名程度にしぼることを要求し、代表二五名との交渉を要求する県支部との間で、押し問答をくり返し、何ら実質的な交渉を持つに至つておらないのである。

右交渉要員数に関する双方の主張理由をみるに、県支部としては、就労時間につき県南地域と県北地域では相当の差があることなどよりして、各事業主体の就労者毎に組織された分会の代表者を団体交渉の席に臨ませることによつて、各事業主体の特殊性を交渉に反映させるなどの必要性があると考え、傘下一九分会の代表者各一名および県支部執行委員合計二五名を交渉要員として交渉することを固執したものであるが、県側においては、昭和四一年八月一日付県下各事業実施主体等に対する「日雇労働者団体と失業対策事業主体との団体交渉のあり方について」と題する県民生労働部長通達において、予備交渉のルールの確立を必要と指摘するとともに本交渉員数につき双方一〇名以内が望ましい旨述べているところよりして、自らその実践に乗り出したものと推測される。

なるほど団体交渉は団結を背景とするものではあるが、必らずしも多数者による交渉を意味するものではなく、まして、当然に組合の主張する人数で交渉しなければならないものではなく、交渉の秩序を維持し、それを実りあるものとするためには、その交渉担当者の数には内在的制限が存することを否定できないが、本件は、先に検討したとおり、第二次正常化通達内容に関し、第一次的には県営事業の事業主体の長としての立場においてではなく、県下各事業主体に対する指導・調整権者としての立場における県知事に対する団体交渉であり、また二五名という員数自体が団体交渉の秩序ある進行を阻害し、冷静に協議することを不可能にさせる程度のものであるとは直ちには認められないのみならず、第一次正常化措置を講じた昭和四二年四月以降においても、七ないし八回は一四、五名ないし二五名規模の交渉を両者間で持つていたのであるから、右県支部の主張は、あながち不当なものであるとは考えられず、県知事の事務分掌者である職業安定課長において、県支部の主張する交渉要員数が多すぎるとして団体交渉に応じないことには正当な事由がないものといわざるをえない。

つぎに、本件当日における被告人らによる団体交渉申し入れの態様についてみるに、当日午後零時四〇分ころ被告人子は約二〇〇名の組合員とともに県庁五階会議室前廊下付近に赴き、同日午前一一時頃から同会議室において勝田町長及び被告人宮元らから先に死亡した労務者に対する職安行政の当否に関する陳情を受けていた職業安定課長がそれを終えて退出しようとした際に、被告人子を先頭に二五名の者が団体交渉に応じるべきことを要求して入室し、以後午後三時三五分頃警察官によつて庁舎外に排除されるまで、先に二の2の(五)で認定したような態度で代表二五名との団体交渉を求め続けた被告人らの行動は、その申し入れの方法において、若干不公正な不意打の観を呈し、その時間および言動において社会常識上批判の余地があることは否定できず、それ故に同課長は、かたくなに県支部の要求に耳を傾けようとしなかつたものと思われるが、同日団体交渉を申し入れること自体は、前日に通告されていたものであり、同課長は、前記のとおりそれまで一貫して要求事項が本来団体交渉事項ではないとの見解を固持し、非公式の交渉についても八月二二日以降は、その交渉要員を一〇名程度にしぼるべきことを主張してやまなかつたものであり(この主張が正当ではなかつたことは、先に検討したとおりである。)、一方被告人らは、その場で直ちに実質的な交渉に入るべきことを求めたわけではなく、その代表二五名と当日中に団体交渉を行なう旨の確約をえられれば、昼食をとるなどのため暫時休憩することを予定していたものであり、第二次正常化措置が通達どおり各事業主体において実施されれば、県支部およびその組合員に大きな影響をおよぼすことは必至であつたことにかんがみれば、被告人らの本件団体交渉申し入れに付着する前記問題点は、いまだ右申し入れを不当ならしめる程度には達しておらないものと考えられる。

ついで、交渉の限度の面から検討するに、本件に先立つ昭和四三年八月一七日県民生労働部長から県支部に対し、同年九月一日を期して第二次正常化措置を実施すべき旨各事業主体に通達したことを通告し、その円滑な実施につき協力を求め、同八月二二日組合の要求により右通達内容の説明会という名目で職業安定課長が県支部の代表二五名との間で二、三時間にわたり会合が持たれてはいるけれども、前者は一方的な通告に止まり、後者は県側においては団体交渉ではないとの立前を維持してのものであるのみならず、翌日さらに続行する旨の確約のもとにその日の会合が終えられているのであり、失対事業の運営上からみて、第二次正常化措置の実施につき、通達で予定した同年九月一日を一日でも遅延することが許されない程緊急を要する事項であるとまでは認められないのであるから、県知事およびその事務分掌者としての職業安定課長としては、さらに交渉を続行し、自己の見解を主張・説明するとともに相手方の主張をも聴取検討する義務が残つているものといわなければならない。

五、本件退去命令の適法性

以上検討したところによれば、本件当日県庁五階会議室において、被告人らが県職業安定課長に対し、第二次正常化措置に関して、県支部の代表二五名と当日中に交渉を持つ旨の確約を要求した行為は、団体交渉の申し入れとして正当な行為であり、それに誠意をもつて応じなかつた職業安定課長の態度は、正当な理由のない団体交渉の拒否として不当労働行為になるものといわなければならない。

しかるに、本件退去命令は、職業安定課長が当日午後二時ころ県支部との話し合いを打ち切る旨すなわち団体交渉を拒否することを明示的に宣言したことを正当であるとし、県支部の右要求を不当であるとの前提のもとに、右団体交渉の拒否を貫徹する目的のもとに、職業安定課長の要請にもとづき、庁舎管理責任者から被告人らに発せられたものであつて、不当な目的のない限り広く一般公衆に解放せられている県庁舎の平穏と秩序の維持のために認められた庁舎管理権限の行使としては、正当な理由のある公正なものということはできず、したがつてこのような正当な理由のない不公正な退去命令によつて、被告人らが県庁舎からの退去義務を負うものではなく、結局被告人らにつき不退去罪は成立しないものというべきである、

六、結論

以上説示したとおり被告人両名の本件不退去行為は罪とならないから、刑事訴訟法第三三六条を適用して主文のとおり無罪の言渡をする。

(大森政輔)

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